吉崎御坊とは、本願寺直轄寺院をいいます。
吉崎御坊は願慶寺が本願寺からの任命により享保6年(1721)からその職にあった。

役割と機能期間 地域においての役所的立場。(松平藩金津奉行所との窓口であった)
         江戸時代に限定された制度(蓮如時代および明治以後ない)
明治以降の御坊の変遷(へんせん)
         政教分離により「御坊制度」廃止、別院制度(本願寺出先機関)の導入
         東派は御坊が別院へとスライドしたケースが多い
         (例 福井御坊本瑞寺は福井東別院へ)
         吉崎御坊願慶寺は、吉崎東別院と願慶寺に分離した

※注 あくまでも御坊特定された本願寺の直轄寺院であり、間違った解釈文意がよくある。
   吉崎の寺院群、地域、蓮如の滞在地(通称、お山)別院を差す言葉ではありません。
※注 吉崎において願慶寺以外のお寺が「吉崎御坊」の名称をつかうことはまったくのまちがいです。
   (不信の方は各大学にお問い合わせの上確認してください)
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